◆マラケシュ暮らし/温水器が爆発!

10月*日 今日は夫がラバトに出張で留守だったので、久しぶりに会うフランス人の友達をフトールに呼んだ。夜遅くまで色々話て彼女が帰宅した後、夫の帰宅に備えて片づけ。リビングに花も飾り、キャンドルも点して、中々いい感じ・・・と外から変な音が聞こえてきたのでキッチンの外のバルコニーを覗くと、温水器から熱湯が噴出している。上部からはもうもうと煙が上がっていて、バルコニーの天井は雲が掛かったようになっている。(水蒸気) 慌てて何とか止めようと思ったけれど、危なくて近づけない。一階の管理人を呼びながら夫に電話をすると、まだマラケシュの外に居て着くのは一時間後・・・・ 管理人は普段ならすぐに出てくるのに今日に限って出てこない。一階まで呼びにいくと留守番の頼りない若い子が居るだけ。 取りあえず彼を連れて帰り、見せる。ニヤニヤ笑っているだけで何もしない。我が家全体を停電させようかと迷っているうちにも水蒸気の雲は広がって、バルコニーは水浸しに。キッチンにも入ってきた。(このバルコニー、信じがたいことに排水溝が無い。) 管理人代理?のニヤニヤに頭に来ていたところにスタッフのオマール到着。彼は何故か電気水道系統に詳しくて、元のところからバルコニーだけのバッテリーを落として、水道の元栓も締めてくれた。 シュウシュウ不気味な音を立てながら水蒸気を吐き出し続けていた温水器の作動が止まって一安心だけれど、ああ、今日はお風呂に入れない。バルコニーにあったものはすべて水浸し。 出張だから仕方が無いのに、いつもこういう困った場面に居合わせない夫に腹が立って携帯に電話。まだ後30分ほど掛かるらしい。 モロッコの暮らし、いい面も沢山あるけれど、いきなり停電になったり、断水になったり、朝起きたら家中水浸しになっていたり、電話やインターネットのラインが切れたり・・・インフラ系は昔に比べたら格段に良くなっているとは思うものの、色々ある。 別に誰かが怪我をしたわけでもないし、大したことではないのだけれど、それを覚悟している旅行中ではなくて、生活している家で色々とハプニングが起きると言うことには中々慣れない。 翌日、朝から修理の人とお手伝いさんに来てもらい直してもらった。この家の温水器が壊れるのは三回目。普通なら設定温度まで上がると自動的に加熱を止まるはずなのだけれど、我が家の温水器はどこかが壊れていて加熱が止まらない様子。サーモスタットを新しいものに変えたから大丈夫!と工事の人は自信満々でしたがどうなることやら。 ディアモロッコ 宮本 http://www.dearmorocco.com

◆ラマダン/今日のお客様

今日はフトールに沢山のお客様が見えました。 メンバーは、フランス人で看護士のマリー、カナダ人で看護士のジョスリン、彼らはモロッコの病気の子供たちを助ける非営利団体の主催者で、目の手術のためにフランスに行くと言う少年Jを連れています。 それから夫の友達でラグ屋のオーナーのハシム、引退したモロッコ人のドクター、ハシムのスタッフ二人に内のスタッフのオマール。 アザーンが聞こえてフトール開始。 ラマダン中は味見もせずに料理をするので食べ始めるまでドキドキですが、ありがたいことに皆ハリラを残さず食べてくれました。 その後も気持ちいいくらいテーブルの上のものが無くなっていきます。 会話はほとんどフランス語で私はお皿を下げたりグラスを出したりお変わりを出したり色々忙しくてあまり話しに加わる暇がありませんでした。 一時間後、夫とモロッコ人の知り合い&友人たちは近所のモスクに行くために退席。 カフェオレを入れなおして、マリー、ジョスリンと話を始めます。 彼らの活動のことはずっと詳しく話を聞きたい思っていたのですが、なかなかチャンスがありませんでした。今日はゆっくり話が出来そうです。 話をしたばかりであまりまとまりが無いのですが、忘れないうちにメモ的にご紹介します。 彼らの非営利団体の名前は「LE SOURIRE D’HOUDA」 The Smile of Houdaと言う意味。 この団体を作ったのはフランス人の看護師のマリー(54歳)。 彼女がモロッコに初めてきたのは1996年。 ツアーグループ同行の看護婦として仕事で来ました。 その際に、特に南の貧しい子供たち、病気なのに十分な治療を受けられない子供たちの姿にショックを受け、何か出来ないか考え始めたそうです。 私が彼女たちと出会ったのは1999年。砂漠付近に滞在していた時でした。 そのときは同じホテルに滞在して色々話をしたものの、単に元気なフランス人のおばさんだなあ・・・とこちらは思っていたのですが、彼女は私のことを「文化人類学を勉強していて、モロッコ人女性の生活に付いてフィールドワークをしている日本人の学生」としてよく覚えてくれていたそうです。 再会したのは昨年。 ティネリール出身のモロッコ人スタッフが「薫さん、そう言えばマリーと言うフランス人を知っている?彼女が今マラケシュに来ているんだけれど、時間があれば会いたいと言っていた。」 と言ってきました。 マリーマリー・・・マリーなんとかと言う名前はものすごくありふれた名前なのでどのマリーなのか分かりません。 でも私のことを知っていると言うので会ってみると、あの元気なおばさん。 あって直ぐに思い出し、連絡を取り合っていました。 ______________________________ 今日は時間があったので、こちらに掲載するために色々なことをインタビューしてみました。 「いつどんなきっかけではじめたの?どんな活動をしているの?」 砂漠の近くの村に行ったときに、フランスであれば簡単に直るような病気が放られているのを見て、特に将来がある子供たちのために何かしたいと思った。 最初から非営利団体を作ろうとかそういう計画が有ったわけではなくて、ただ、そのときに出会った「HOUDA」と言う女の子を助けようと思ったら、彼女のビザを取るためには非営利団体になり申請する必要があると言うことが分かったので団体を作った。 それ以来フランス国内の150人くらいの人々の寄付やモロッコのものをバザーなどで販売した収益で主に南部モロッコでの(医者と協力体制を取っての)無料診療、モロッコ大都市の病院での治療などを行っている。 モロッコ国内では治療が難しい子供に関してはフランスに送りたいけれど、非常に高額なので、まだ最初のHOUDAと二番目のJAWADの二人しか実現していない。 また、病気や先天性疾患の治療だけではなくて、南部モロッコの子供たちの教育に関することにも力をかけていきたい。 ______________________________ 「教育と言うと具体的に言うとどんなこと?」 たとえば、メルズーガ村には200人の子供たちが通う小学校があるが、中にはトイレも手洗いも無い。 非常に不便だし、手を洗う設備も無くては、病気の予防に必要な衛生に関する教育も一切出来ない。 トイレを作る資金を出した。 トイレだけではなく、勉強に必要な様々なものが不足している。 ノートやペンなどの文房具や教科書など・・・ 病気の予防に関することだけでも教育があれば改善することは山のようにある。 今は医療面の活動が中心だけれど、やはり教育の問題は非常に大きいので、今後何かが出来れば良いと考えている。 ______________________________ 「無料診療はどこでどんな風に?」 私たちはフランスから薬を持っていく。 メルズーガの村に私たちが来ると村の人々が様々な体の不調を訴えてやってくる。 彼らと会って、必要な人には市販薬を渡し、必要な人にはドクターに診てもらい、本当に治療が必要な子供を選び、モロッコの都市の病院に連れて行き治療してもらう。 私たちの無料診療には、本当に助けが必要なわけでもないのに来る大人も居るし、カナダやフランスと同じ水準のことは出来ないけれど、それでも今まで一回も医療機関の門をくぐったことが無い人たちにとっては助けになっていると思う。 村や町の人から助けが必要な子供たちについて話を聞き、こちらからたずねていくこともある。 たとえばこの間はA町のBさんが「助けが必要な家族がいる」と言ってきたので会いに行ったところ、 カスバの地下に非常に貧しい家族が五人暮らしていた。 夫婦と子供三人。 子供の内の二人が先天性の知的障害児。 ほとんど外に出ることなく育てられていたので、南部の子供なのに肌が真っ白で、健康状態も不良だった。 こういう人々に会い、周囲の人々の助けを得るように話をし、栄養剤などを渡し、子供には太陽の光が必要であることを話してきた。 ______________________________ 「田舎に行くと知的障害児の数が多い印象があるが、これはやはり自宅で出産することと関係があると思うか?」 そう思う。 自宅出産がすべて間違えであるとは言えないが、例えばこの家族の場合、母親がこの子供を出産したときは一人ぼっちだったと言う。 非常に貧しい人の場合、このように周囲の助けをまったく受けられないようなこともあるし、出産に時間が掛かりすぎた場合の低酸素が原因の知的障害児は多いと思う。 これは病院で出産していればほとんどの場合防げることだ。 ______________________________ 「今日一緒に来ているジャワッドは?」 (16歳と言うけれど、非常に小柄で12歳くらいに見える) 彼はティネリールから来た子で、目に障害があり、****と言う病気。(難しい単語で聞き取れず)今でもかなり見えなくなってきている。このままだと失明するけれど、手術をすれば視力が戻る可能性もある。 モロッコでは難しい手術なので、フランスの病院で手術を受ける予定。 今週末にモロッコを立って手術のために八日間滞在し、その後予後が良ければ彼を送ってモロッコに来る予定。 「彼の治療及び彼に関するすべてのことにいくらくらいお金が掛かるの?」 (日本円で)約150万円から200万円程度。 フランスの病院が彼の治療費をどの程度負担してくれるかまだ分からない。 まったく病院の負担が無かったとしたら200万円。病院がある程度負担してくれたら150万円程度になる。 ______________________________ 「そういったすべての活動に必要な資金はどこから出ているの?」 フランス人の有志。 私たちの活動に賛同してくれる人々が150人くらい居て、こういう子供が居てこういう助けを必要としていると言う連絡を入れて寄付を募り、報告書を送付している。 また、子供をフランスに連れて行った時には会ってもらっている。 「モロッコ人からの寄付は無いの?」 残念ながらモロッコでは非営利団体に寄付をするという習慣があまり根付いていない様で、まだモロッコ人、モロッコの会社名義での寄付を受け取ったことが無い。 「モロッコの子供たちを助けるのにモロッコ人がお金を出さないなんておかしいと思わない?」 彼らはまとまったお金を出すと言うことはしないけれど、例えば無料で奉仕してくれるモロッコ人のドクターは沢山居るし、様々な面で動いて助けになってくれるモロッコ人の友人たちは沢山居る。 それに、モロッコには困っている人に気軽に小銭を上げると言う素晴らしい習慣があると思う。 モロッコの場合、ある程度のお金を持っている人が居ても、彼らは沢山の助けを必要としている家族がバックに控えていることがあるので、どうしても家族優先になると言うこともある。 ______________________________ 「どうしてそこまで自分の時間とパワーをつぎ込めるの?」 私はすでに二人の子供を育て上げて、フランスで十分な生活をしている。 外国人としてモロッコに来て、目の前に非常に困っている人が居るのに観光地だけを見て帰ると言うことは出来ない。 自分が出来ることをしているだけだし、自分たちの活動のお陰で病気が治ったり改善している子供たちを見るだけで大きなやりがいを感じる。 別に特別なことをしているとは思っていない。たまたまモロッコと言う国と出会ってこのようなことが出来るチャンスがありよかったと思っている。 シンプルに、自分の娘たちが同じような状況に置かれて何の助けも得られなかったら。・・と考えると何かしなくては、と思う。 ______________________________ 「モロッコ人はあなたには感謝を示さないと思うけれどそれに関しては?」 確かにモロッコの人々は、私たちが無料診療で飲まず食わずで働いても、薬を提供しても、一日中働いても、私たちに対してではなくて私たちをここに派遣?してくれた神に感謝する。 違和感を感じることもたまにはあるけれど、病気の子供たちを減らすということが私たちの目的だから、親や周りの大人たちが直接私たちに感謝の意を表してくれるかどうかは問題ではない。 ______________________________ (かなりひどい状態の人々や子供たちの話を聞いて) 「例えば、足が無い人や傷口を見せて小銭をねだってくる人が居ると、上げたいと思う反面、恐ろしさやぞっとする気持ちで避けてしまうことも多い。あなたたちはどうして平気なの?」 何も感じないわけではなくて、もちろん心が動かされるけれど、私たちは看護士と言う職業上、普段からそういう人々を見慣れていて訓練されているから、直視できるのだと思う。 ぞっとしたりしてしまうのは人として正直な気持ちかも知れないけれど、それでは誰も彼らを助ける人が居ない。 でも、私たちの普段の職場は病院だけれど、病院で活動の話をしても、あまり聞きたがらない人も多い。 きっと毎日毎日病気の人々を見て、それ以上そういう話を聞きたくないという気持ちもあるのかもしれない。 ______________________________ 「あなたは信仰を持っているの?」 神とか名前は何でも良いけれど、人間よりも大きな存在が居るということは信じている。一応私はカソリックです。 でも、特にお祈りをしたりと言うようなプラティカルなことはしていない。 私にとって信仰と言うのはこうして子供たちに会い、出来ることをすることだと思っている。 ______________________________ … Read more →

◆ラマダン/新市街の様子

アパルトマンのテラス ギリーズのアパルトマンから見た日の入り。いろいろな所からアザーンが聞こえてきて幻想的。 メディナのカフェ ラマダン期間中のメディナ(旧市街)のカフェ。ミントティを飲む外国人、ただ座っているだけのモロッコ人、新聞を読むおじさん。 ナツメヤシ(デイツ) ラマダン期間中は欠かせない食べ物。ナツメヤシの実を乾燥させたもの。モロッコ南部、リッサニ・エルフードなどが産地です。一キロ100円から1,000円まで。おいしくないものはカサカサで繊維質、美味しいものはジューシーでトロリとしています。 フトールの食卓 フトール時のモハメッド五世通り 普段はマラケシュ一交通量が多い通りです。