バレンボイム音楽論 対話と共存のフーガ/ダニエル・バレンボイム著

バレンボイム音楽論 対話と共存のフーガ/ダニエル・バレンボイム著/ アルテスパブリッシング/2008年 今朝、あるイスラエル料理レストランのシェフをインタビューしました。 彼女のお父さんはモロッコ系ユダヤ人で、五歳の時にイスラエルに移住。そして娘である彼女は5年前にベルリンに移住してきました。 彼女が作るのは、イスラエル料理ですが、日替わりメニューにはモロッコ風クスクスが登場しますし、レバノンから取り寄せたスパイスも使います。 イスラエルは世界中から集まったユダヤ人によってできた国なので、イスラエル料理にはそれぞれの出身国の影響が色濃く、当然、アラブの影響も大きいのだそうです。「これは中東からきたデイツを使ったソースで、砂糖よりも美味しいのよ・・・・ちょっと高いけれどね・・・これはモロッコ風のプリザーブドレモンで、ちょっとカットして加えると繊細な味付けになるのよ」 様々な国からきた素材の味。それぞれの味がはっきり分かるけれど、悪目立ちすることもない。絶妙のバランス感覚を持ったシェフの手によって素晴らしいハーモニーを奏でます。 彼女の話を聴きながら、現代最高のピアニストの一人で、ベルリン国立歌劇場の指揮者であるダニエル・バレンボイムによる「バレンボイム音楽論 対話と共存のフーガ」を思い出しました。 彼はアルゼンチン出身のユダヤ人で、パレスチナ人文学者のエドワード・サイードとともに音楽でユダヤ・アラブ世界を結ぶ活動をして来たことで知られています。 彼らは1999年にイスラエル人と、レバノン人、ヨルダン人、シリア人などからなるオーケストラ「ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」を結成しました。楽団の名称はゲーテの著作『西東詩集』から取られ、2005年にはパレスチナ自治区ラマラでコンサートを行い世界中を驚かせました。 本書では、オーケストラが生まれるまでの経緯や、不可能と思われた自治区でのコンサートが実現するまでの逸話が臨場感あふれる筆致で記されています。   「しばしば、私の積極的な行動が賞賛を受けることがある。ただし、その賞賛には、往々にして世間知らずという響きがこめられている。けれども私に言わせれば、六十年間もうまくいかなかった軍事的解決に頼ろうとするほうが、よほど世間知らずなのではないだろうか。過去とは現在につながる道にほかならず、現在とは未来につながる道である。そうである以上、暴力的で残虐な現在は、必ずやさらに暴力的でさらに残虐な未来へと進んでいくことになるだろう。」(114ページ)   バレンボイムは、人生、生き方、人との関わり方、政治、国際関係に至るまで、音楽から学ぶことができると考えます。「暴力的・力ずく」ではない、ほんものの強さとは何か。それを音楽から学ぶことができるといいます。   「強さと力の違いを理解することが重要である。この違いは音量と音の強さの違いに関連している。もっと強さを高めて演奏するようにと言われると、奏者はまず、より大きな音で演奏しようとする。ところがじつは、まったく逆のことがもとめられているのである。音量が小さいほど、より強さが求められ、音量が大きいほど、強さの必要性は小さくなる。ベートーヴェンやワーグナーで音のほとばしりによって生み出される効果は、音を一段階ずつ力ずくで大きくしていくのではなく、音が自ずと発展していくにまかせるほうが、はるかに有効に作用する。なぜなら音の本来的で内在的な強さとは徐々に蓄積していくエネルギーから生まれるものだからである。テンションの増大と解消は音楽表現の根幹である。」(161ページ)   本書にはまた、「思考と閃き」の関係についての非常に興味深いパートがあります。音楽や芸術について学ぶ、理屈で理解するというのはどういうことなのか。アートに興味がある人は一度は考えたことがあるテーマだと思います。   「演奏者のなかで作品の構造が、演奏中に知的な思考がもはや不要になるまで、じゅうぶんに内面化されていなければならないということである。また、これにより演奏者は、自分のなかに湧いてくる自発的なうながしが、独りよがりな思いつきから生じているものではなく、曲にたいする深い理解から生じているという確信をもつことができる。」(75ページ) ベートーヴェン交響曲7番   数ヶ月前に本書を初めて読んでから、一度聞いてみたい、経験したいと思っていた「ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」のコンサートに行く機会がありました。ヴァルド・ビューネというベルリン西部の野外劇場でのコンサートです。ヴァルド・ビューネは、1936年、ベルリン・オリンピックの会場として建設されました。そう。あのナチスのオリンピックです。現在では毎年6月にベルリンフィルハーモニー管弦楽団のシーズン最後のコンサートが、8月にはウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団のコンサートが開催されます。   チケットは15ユーロから。収容人数は22000人。普段はクラシックコンサートに足を運ばない人も集まるお祭りです。会場周りにはビール、ソーセージ、ピザなどの屋台が並び、背もたれのないベンチに敷物を敷いて座ります。   8月18日 ダニエル・バレンボイム指揮 ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団20周年記念、ベートーヴェン生誕250周年記念コンサート   演目; ベートーヴェン「エグモント」序曲op.84 ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」op.61 ヴァイオリン:マイケル・バレンボイム ベートーヴェン「交響曲第7番イ長調 op.92」   ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団は、14歳から28歳の若手演奏家のオーケストラで、一年中一緒に演奏しているわけではありません。毎年夏に集まり世界各地を演奏して回ります。 前半はまあまあ。ヴァイオリンのミヒャエル・バレンボイムはダニエル・バレンボイムの長男なので「親子共演が観れてよかった、気持ちの良い夏の夜をありがとう」という感じの温かい拍手が起こりました。   後半はベートーヴェン交響曲7番。 出だしの一音から前半とは全く異なるテンションで始まり、期待と興奮が会場を包みます。   第2楽章。気がついたら空が濃い群青色になり、オレンジ色にライトアップされた舞台が浮き上がっています。観客の気持ちもますます舞台に引き込まれ、ビールを飲みながら聞いていたおじさんも、フレンチフライを食べていたおばさんも集中しています。そしてフィナーレ。若々しさあふれる素晴らしいベートーヴェンで、「暖かい」とか、「きれい」とかそういう生ぬるい感情を全部上書きしてしまうような激しい喜びと悲しみを感じました。   音楽を勉強中でスランプに陥っている人も、音楽以外の芸術家を目指している人も、アートを鑑賞することが好きな人も、そうでもない人も、ぜひ本書を読んでから、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団のベートーヴェン交響曲第7番を聞いてみてください。耳障りが良いこと、優しいことは一つも書かれていませんが、音楽を勉強する、理解するヒント、人生へのヒントであふれています。   最後に、私がもっとも勇気付けられた言葉でこのテキストを閉めたいと思います。   「こんにち、モーツアルトからなにかを学べるとすれば、なにもかもひどく深刻にとる必要はないということだ。どれほど悲劇的な状況でも、どれほど恐ろしい状況でも、あらゆる状況には必ずそれほど深刻ではない側面がある。 私はそのことをモーツアルトから学んだ。ようは、まさにものごとをバランスよく保つということだ。」(183ページ) *下線は筆者による。   バレンボイム音楽論 対話と共存のフーガ/ダニエル・バレンボイム著/ アルテスパブリッシング/2008年  

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