群青色の空の下で聴く、ベートーヴェン交響曲第7番

ベルリンの西の端、シャルロッテンブルグの森の中に「ヴァルトビューネ」という野外円形劇場がある。

ヴァルトビューネは、1936年、ベルリン・オリンピックの会場として建設された。そう。あのナチスのオリンピックだ。
戦後は野外映画館やロックのコンサート会場として使われていたが、1965年のローリングストーンズのコンサートで、暴徒化した観客が会場や会場周辺を破壊すると言う事件があり、しばらく放置されていたが、現在では毎夏ベルリンフィルハーモニー管弦楽団のシーズン最後のコンサートが、8月にはウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団のコンサートが開催される他、夏の間の様々なイベントやコンサートの舞台となっている。

ベルリン3年目の夏。
ヴァルトビューネを初めて経験してきた。

8月18日
ダニエル・バレンボイム指揮
ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団20周年記念、ベートーヴェン生誕250周年記念コンサート

ベートーヴェン「エグモント」序曲op.84
ベートーヴェン「ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲ニ長調op.61」
ヴァイオリン:マイケル・バレンボイム
ベートーヴェン「交響曲第7番イ長調 op.92」


ヴァルトビューネの定員は22,000人。

2000人、3000人、ときには500人の劇場で素晴らしいコンサートを楽しめるのに、わざわざ22,000人の ”クラシック” コンサートに行かなくても、と思ったけれど、演目はベートーヴェン交響曲7番。
のだめカンタービレが大好きな子供達には、”第九“よりも聞き慣れたメロディーだ。
ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団には興味があったし、行ってみることにした。

ヴァルトビューネとは、ドイツ語で「森の劇場」という意味だ。
野外劇場でクラシックを聴くこと自体が初めてなので、どんな経験になるか想像がつかなかったけれど、ベルリナーの友人たちに「今度ヴァルドビューネに行く」というと、

「僕がヴァルトビューネに行った時は、途中から小雨が降って来たんだ。雨の中聞いた***は、言葉に表せないほどすばらしかった」

「ビールとソーセージ片手に見るのよ。敷物忘れないで」
「ちょっと普通のコンサートホールとは違う特別な場所よね。ヴァルトビューネはねえ、後ろの方の席がいいのよ。一体感があって。自由席だから早めに行って」

こんなことを言う。

雨の中、ビールとソーセージ片手に聞くベートーヴェン?
想像ができないけれど、みんなヴァルトビューネのことを思い出してうっとりとした顔をしていた。どんな経験になるのだろう。

 


開演2時間前の17時過ぎに会場近くの駅に到着。
人波が会場目指して歩いているのでついて行く。
若い頃に行ったロックのコンサートを思い出すけれど、こちらはクラシックなので年齢層が2まわりくらい高め。
ピクニック用のブランケットのようなものを持っている人が多い。
セキュリティーチェックが2回あり、カバンの中を確認される。
会場の外には様々な屋台が出ていて、祭りの雰囲気だ。

19時ぴったりに開演。
エグモント序曲が始まる。
音がちょっと硬くて、細かい音が潰れちゃっている感じがする。
これだけの会場で生音だけと言うわけにはいかないから仕方ないけれど、ちょっと気になる。

音楽が始まっても、まだ歩いている人も、席を探している人もいて、ゆるい感じ。
私たちのお隣は、生ビール片手にピザとポテチ。
ベルリンの夏の夜は長いから、まだ空は明るい。



森の中のコンサートと聞いて、木々に囲まれたコンサート会場をイメージして来たけれど、ヴァルトビューネは、森が丸くぽっかり切り取られたその中にある。上を見上げると、大きな空。

ヴァイオリンの音色とともに、空の色が染まり、風が吹き、雲が流れ、鳥たちが帰って行く。
なんという気持ち良い時間だろう。
柔らかい風の流れに音楽が運ばれて行くのが感じられる。
赤ちゃん抱いたお母さんが歩きながら聞いたり、階段に座ったカップルが肩寄せ合って感動していたり。
一楽章ごとに拍手が起こるけれど、クラシック鑑賞のルールなど誰も気にしていない。
オーケストラの音色とともに、鳥がさえずり、たまに飛行機の音が聞こえてくる。

ヴァイオリン・コンチェルトが終わり、拍手。
今日のヴァイオリンは、指揮者のバレンボイムの息子のマイケル・バレンボイム。一箇所大きくミスをしたけれどアンコールのバッハは美しかった。演奏後父子で抱き合う姿に暖かい拍手が起こる。


後半はベートーヴェン交響曲7番。
これを楽しみにしていた子供達は1小節目の出だしの音を聞いた瞬間に身を乗り出して夢中になっていた。

第2楽章。気がついたら空が濃い群青色になり、オレンジ色の舞台が浮き上がる。観客の気持ちも舞台に引き込まれて、ビールを飲みながら聞いていたおじさんも、フレンチフライを食べていたおばさんも、じーっと集中している。

キレッキレのベートーヴェンで、前半の「美しいね」のヴァイオリンは持って行かれた。「暖かい」とか、「きれい」とかそういう生ぬるい感情を全部上書きしてしまうような激しい喜びに悲しみ。


ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団は、パレスチナ系アメリカ人の文学批評家エドワード・サイードとユダヤ人のダニエル・バレンボイムがアラブ人とユダヤ人の音楽を通した理解と融和を願って結成したオーケストラだ。

会場であるヴァルトビューネは、ナチスが建設した野外ステージ。
そんな前提の上で、でもその前提を忘れさせてしまう音楽を奏でて、観客を一つにしてしまう。
またひとつ、ベルリンですごい経験をしてしまった。
子供達の感想:

「今までで一番 “気持ちいい” コンサートだった。いつもは動いちゃいけない、音を立てちゃいけないって言うことが気になって音楽に100%集中できないけれど、今日はとてもリラックスして聞けた。音楽と、空の光が一緒に動いている瞬間があって、とてもきれいだったよ」

本当に音楽に浸るって、そう言うことなのかもしれない。

 

West-Eastern Divan Orchestra
https://www.west-eastern-divan.org/

[ヴァルトビューネ情報]

€60/50/40/30/20 19歳まで半額

  • 古い野外会場なので階段が非常に滑りやすく、座るところはベンチ式で背もたれがなく硬いので気になる場合は敷物を持参する。
  • 足元に自信がない場合は、2時間前の開場と同時に入り、一番上の席を取ると良い。
  • トイレは移動式の野外トイレが設置されていたが、一人使用するごとに掃除されとても清潔だった。
  • 500ml以下のノンアルコールドリンクのペットボトル持ち込み可能。
  • A4サイズ以上のバッグは禁止。
  • 敷物、ブランケットは持ち込み可能。
  • ベビーカー、車椅子、傘、カメラ、三脚など持ち込み不可。
  • 車椅子用特別席あり。事前に連絡・相談のこと。

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